今日の四字熟語は
津々浦々(つつうらうら)
津々浦々(つつうらうら)
という言葉は
和語です。日本で作られた四字熟語です。
国の周辺が海であればこその四字熟語です。
★今日の四字熟語は★
津々浦々(つつうらうら)
日本全国いたるところ、を表わす言葉です。
小さな港や海岸にいたるまで全てを意味します。
「津」は港を意味し、
「浦」は入江や海岸を意味しています。
【津々浦々】は、あちこちの【津】、あちこちの【浦】ということで、いたるところの津や浦。
すなわち日本全国。となりました。
『つづうらうら』ともいいます。
「津」は港、
「浦」は海岸を意味します
津の右側の文字「聿」は本来は手で筆を持っている様子を示す「聿」に、
しずくが垂れる印である「彡」から成り、わずかなしずくを意味します。
これに水を表すさんずいを加えて、わずかに水のあるところ「浅瀬」などを意味するようになります。
【浦】は、さんずい+甫 から作られた形声文字です。
「甫」は根を包みこんだ苗木の形で、中にものを包み込むという意味があります。ですから、
【浦】はまるく入り込んだような形の入り江を表わす字として用いられるようになりました。
和語としての「うら」には、
①海や湖の彎曲して陸地に入り込んだ所。
②一般に、海辺。
また、水際。の意味があります。
浦は水+甫(音符)で、甫は芽生えをあらわす「屮」に田を合わせた文字。
苗を育てる畑の意があり、平らかに広がるという意味も持ちます。
これに水がついて「浦」となり、水がひたひたとせまってくる岸、即ち、入り江や海岸ということになります。
<文例>
・午(ひる)になって宮崎は餅(もち)を出して食った。そして安寿と厨子王にも一つずつくれた。
二人は餅を手に持って食べようともせず、目を見合わせて泣いた。
夜は宮崎がかぶせた苫(とま)の下で、泣きながら寝入った。こうして二人は幾日か舟に明かし暮らした。宮崎は越中、能登、越前、若狭の津々浦々を売り歩いたのである。
(『山椒大夫』森鴎外)
・・・ことは、もう日本国中津津浦浦まで知れわたっている事実だ。同時に大阪の・・・
(『大阪の可能性』織田作之助)
全国と津々浦々って同じ意味?
津々浦々は港や海岸のことです。
全国津々浦々で「全国内の隅々まで」という意味になります。
津津浦浦は津々浦々とも書きますが、
津々浦々の『々』って何?
『踊り字、躍り字』といいます。
佐々木という名字、等々力などの地名にもありますね。
漢字ではなく反復記号なので、それ自体固有の読みはありません。
「日々の津々浦々を書き綴る」という表現は間違い?
津々浦々は、「いたるところ」と同じ意味ですが、上記のような時間を表現する文章には使えません。
その代りの文字としては、「様々」、
「いろいろなこと」などが考えられます。
「津々浦々」の使用例
津々浦々を大行列でねり歩いている
津々浦々に発生しかけている
津々浦々に響き渡っていた
津々浦々に有り余るほど溢れで
津々浦々に横行させている
津々浦々をさすらい
津々浦々までもひろまりました
津々浦々のはてまでも永く記憶された
津々浦々に満ち満ちて
津々浦々を家とする
津々浦々から上って来る
津々浦々に伝わっている
津々浦々をさまよっていた
津々浦々までも鳴り渡る
津々浦々に到るまで中に数えられ
津々浦々にまで普及した
あとがき
津々浦々という四字熟語が誕生したのは四方を海で囲まれた島国だからこその性格がある。
島国のメリットは、日本のオリジナル文化を作り上げることが出来たし、
大陸から入ってきた文化も日本流にアレンジして日本の文化として根付いてきました。
排他的な部分はデメリットとして挙げられますが、デメリットだけじゃないと思います。
島国だったからこそ、日本独特の文化や美意識が残り、例えば、
根付という日本の工芸品は、装飾美術品の域にまで発達しています。
また、四季折々の風景や風情が楽しめる美しい国の中で、過去には中国をお手本にし、
現在は欧米をモデルにして、取り入れるべきものは取り入れて新たな文化を作り出しているところが日本らしいですね。
排他的どころか、他国に比べて外国からの文化を積極的に取り入れていると思うんです。
ここまでお読みくださり、いつもありがとうございます。